松山家庭裁判所 昭和32年(家)1070号 審判 1958年11月13日
申立人 安井アキ子(仮名)
相手方 安井和雄(仮名)
主文
相手方は申立人に対し、昭和三三年一一月から双方が離婚又は円満同居するに至るまで、毎月金一、五〇〇円を毎月末日限り申立人住所に持参又は送金して支払うこと。
理由
本件申立理由の要旨は、「申立人と相手方とは昭和三一年○月○日婚姻し同居してきたものであるが、相手方は既に婚姻前から他に情婦を有しており婚姻後間もなく家を出て了い帰宅することも一月に一度位という有様で家庭を顧みないのみならず申立人に生活費をも支給しない。ところで、申立人は病弱の身で充分に働くことができないため収入も少なく生活費及び医療費に事欠く状態であるので、夫である相手方に対し生活費及び医療費として相当額の支給を求める」というのである。よつて審案するに、本籍松山市○○町○丁目○○番地筆頭者安井和雄の戸籍謄本の記載、当庁調査官の調査報告の結果、及び申立人本人尋問の結果を総合すると、
(一) 申立人と相手方とは、申立人が先夫と離婚後松山市内の料理店に勤務していた頃知合い、昭和二九年一〇月頃から同棲したが、当時相手方には妻子があつたことや経済的な事情のため一時別居するなどの経過をたどり、相手方が同三一年○月○日先妻と離婚した直後である同三一年○月○日に婚姻の届出をしたものである。ところで相手方は上記婚姻届出当時既に山田タツ子なる女性と情交関係を結んでおり、申立人と婚姻後もその関係を重ね外泊勝ちの生活を続けた末、翌三二年一〇月頃遂に申立人の許を去つて上記タツ子と同棲を始め、その後翌三三年五月同女との間に一子をもうけ現在同女と夫婦同然の生活を送つていること、なお双方の別居の原因が相手方の上記女性関係にあることは相手方自身もこれを認めていること。
(二) 申立人は相手方と同棲後から別居する頃まで同居期間中、生活費等として相手方から月額六、〇〇〇円乃至一〇〇〇〇円を受取つていたが、別居後である昭和三二年一二月からは相手方が生活費を全く家庭に入れなくなつたため、当時夫婦が世帯をもつていた○○町で間借りを続けることも困難となつたので、同年一二月暮れ一時他へ転居した後、翌三三年初め頃現在所に移つたものであるが、相手方から生活費が支給されない以上、申立人としては生活をたてるために働かねばならず、同年二月初旬から仲居として料理旅館に住込んで勤務するに至つたものの病弱のため住込みを続けることも困難となつたので、その後通勤しているが、それも病気のため休む日が多く、そのような事情のため当初住込み時代は月収五、〇〇〇円乃至六、〇〇〇円位あつたが、その後は三〇〇〇円位のこともあればもつと少ないこともあつて、現在では生活に困窮している始末で、なお病気の治療費として健康保険による半額負担金月額約六〇〇円を要する状態にあり、総じて申立人の生活費等として毎月食費三、〇〇〇円、間借代一〇〇〇円、諸雑費約二、〇〇〇円の合計約六、〇〇〇円を必要とするが、相手方に対しその内約二、〇〇〇円程度の生活費の負担を希望していること。
(三) 相手方は申立人と婚姻前から引続いて現在も○○興行関係の仕事に従事し月収約一〇、〇〇〇円を得ているが、申立人と同居していた頃、月によつては若干の貯蓄をする余裕を有していたことから考えて、その実収入は一〇、〇〇〇円を相当に上廻るものと推認されるところ、(イ)相手方は昭和三一年○月○日先妻太田キクヱと双方間の長男長女の親権者を何れも母キクヱと定めて協議離婚を為し、その後翌三二年二月二○日当庁昭和三二年(家イ)第三、四号扶養請求調停事件で「相手方は長女に対し昭和三二年二月から同三五年一月まで毎月扶養料として月額一、〇〇〇円宛を送金する」旨の調停が成立した結果、長女に対し毎月月額一、〇〇〇円の扶養費給付義務を負担していること、(ロ)相手方は上記(一)のとおりかねて婚外関係を結んでいたタツ子との間に一子をもうけ現在同女らと三人で現実の共同生活を送つているが、タツ子自身の生活も負債などがあつて苦しいし、又タツ子の実家ではタツ子と相手方との同棲に反対していた程であるからその援助を期待できない事情にあり、かつ相手方には資産といえる程のものは何もないしその健康状態は必ずしも良好といえない状況にあつて、その収入では現在の生活を漸く支え得る程度であること。
を認めることができる。
ところで夫婦は別居し事実上離別状態にあつても法律上婚姻関係が存続している限り、原則として相互に扶助しその資産収入等に応じて婚姻費用(生活費なとを指す)を分担する義務を負うもので、ただ扶助を求め生活費を請求する者の側に婚姻関係を破綻に導いた責任があるなどの特別の事情があつて他方に生活費を分担させることがいかにも社会の常識に反し不都合であると認められるような場合に限つて、例外的にその義務を免れることがあると解すべきである。そこで今これを本件につき上記認定事実に基いて考察するに、申立人と相手方とは法律上なお婚姻関係を継続しており、現在のところ事実上離別状態にあるけれども、双方がそのような状態にあるのは、相手方の不貞行為の結果であつて、従つて本件婚姻関係を破綻に導いた責任が相手方にあることはいうを俟たず、相手方自身もこれを認めるところであるし、他に申立人側に上記にいわゆる特別の事情に該当するとみるべき何らの事由がないのであるから、相手方は申立人に対し応分の生活費を分担すべき義務を負うものと解すべきところ、本件における双方の資力収入程度、双方が同居中における婚姻費用負担の態様、双方の現在の生活状況(相手方が現在の生活の継続を前提とする以上その収入等からみて余裕ある状態にないにとはさきに認定したとおりであるが、相手方はその子女に対する扶養はともかくとして情婦タツ子に対しては正当な婚姻関係にある申立人に先立つて扶助すべき何らの義務を負うものではないから、相手方が現にタツ子のために負担している生活費を除外して考えると、その生活状況にはなお若干の余裕あるものと認められる)、及び申立人の扶助を要する程度(申立人は病弱ではあるが稼働能力を失つているわけではないし、その過去の経歴、現在の職業その生活状況からみると、今後努力すればなお相当の収入を挙げ得るし、かつこれを申立人に期待することは必ずしも難きを強いるものとは考えられないので、その扶助を要する程度は申立人の希望する程ではないと認められる)、その他本件に現われた一切の事情を考えれば、相手方は申立人に対し今後月額金一、五〇〇円の生活費を負担支給するのが相当であると認められるので本件申立をこの限度において正当として認容し主文のとおり審判する。
(家事審判官 西尾太郎)